酔眼読書漂流記

読んだ本の紹介と感想などを、酒を片手にゴソゴソと綴っております

ハルさん/藤野恵美

父であるハルさんと娘のふうちゃん。母親の瑠璃子はふうちゃんが生まれて直ぐに亡くなり、以来親子ふたりだけの生活に。今日は、ふうちゃんの結婚式。式の当日に、ハルさんはふうちゃんとの思い出を振り返ります。

日常の謎系のミステリです。けれど、ミステリの度合いとしてはかなり薄めです。これは、日々成長していく娘に対する、父親の気持ちを綴った物語ですね。

幼稚園、小学校、中学校、高校、大学時代のの五つのエピソードにまつわる小さな謎。しっかり者のふうちゃんに対して、ちょっと頼りないハルさん。男手ひとりで、子供を育てていくことの大変さ。ふうちゃんのことを想うと、時に空回りしてしまうハルさんですが、謎が解けることで、娘を理解し自分も成長していくのです。

そんな二人の姿を見てきただけに、結婚式でのラストシーンではホロリとさせられました。素直に気持ちが優しくなれる一冊です。

ただ。ハルさんの気持ちに共感できるか、と言うところで好みが分かれそうです。ふうちゃんの一挙一動にあたふたするハルさんに、正直一歩引いてしまうところがあります。なんと言いますか、いつまでも子離れできないてないようで。

それは、父親に求めるものの違いからくるんでしょうか。あとがきによりますと、著者の藤野さんは、子どもの頃苦労なされたようです。その反動がハルさんというキャラクターに現れているそうです。たぶん、自分が男なのでちょっと違うんじゃないかな、と思ってしまうわけです。

「よつばと!」じゃなくて「Papa told me 」なんだろうな。違うか。

ハルさん (創元推理文庫)

ハルさん (創元推理文庫)

菩提樹荘の殺人/有栖川有栖

「若さ」をモチーフにした4つの短編。

アポロンのナイフ

東京で通り魔殺人が発生。犯人は高校生なのだが、警察の手を逃れ行方不明に。そんな折、大阪でも高校生の男女ふたりが殺害される事件が。通り魔殺人との関連は?

少年犯罪を扱った一編。そして、被害者と被害者の人権といったものも考えさせられます。私も常々、被害者なり加害者の情報はどこまで公表すればいいのかと考えることがあります。

途中アリスが被害者の氏名写真を公開する意味はあるのかという問いを発します。それに対する火村の答えは、思い至らないものでした。曰く、もし警察が逮捕に際して何も公表しなかったらどうなるか。それこそ人権問題であろう、と。昨今の冤罪事件を考えると、透明性を保持するためには、どこの誰を逮捕したかを公表する意味はあるのですね。それでも、難しい問題ですが。

そんな思いが犯人の動機に重なって、ほろ苦い結末を迎えます。果たして正しいことなのかどうか。

雛人形を笑え

注目の若手漫才師「雛人形」のひとりが殺害されるという事件。背景がお笑い界からか、その解決は笑劇的です。バカミスと言っていいかも。おまけに、最後にオチまでついて。そうは言っても内容は切ない。いつか売れると信じている若者たちの夢と挫折。作家アリスシリーズは、「日常の謎」ならぬ「日常の殺人」を扱っていますが、それだけに背景や動機といったものが切実に感じられます。

探偵、青の時代

街で偶然出会ったアリスの大学時代の知人が語る火村のその当時のエピソード。友人たちとの飲み会に参加した火村は、ふとしたことから彼らの隠し事を見抜く。

若かりし頃の火村が語られるお話です。うーん、何となく江神さんにダブって見えてしまうのは気のせいか。彼が解決する「事件」そのものは大したことがないんですが、知られざる一面が覘けたようで面白い。渋々参加したものの、嫌々ではなさそうな火村。その能力故に彼らを「裏切る」ことになり、孤独を受け入れなければならない火村の心中はいかほどか。そんな火村に思いを馳せる、アリスの最後の一言が微笑ましいです。

菩提樹荘の殺人

アンチエイジングで女性に人気のカウンセラーが殺害された。自身の別荘の池の畔、その姿はなぜかトランクスひとつだけという姿だった。

この中では一番地味な印象。でも、ミステリとしては一番の出来でしょうか。さりげなく語られていますが、被害者が裸だった理由は秀逸。火村が示す、容疑者の中で唯一犯人であり得るポイントも、いわれてみれば納得。

まとめ

実は、あとがきが面白かったりします。火村・アリスが34歳を境に歳を取らないまま現代に生きていることについて、著者が思うこと。こちらとしてはあまり深く考えてことはなかったんですが、功罪あるんですね。ただ、永遠であることがヒーローであることの証でもあるでしょう。何時までもその「瞬間」にいる彼らを見るのが、安心なんでしょうね。

菩提樹荘の殺人

菩提樹荘の殺人

約束の森/沢木冬吾

あらすじ

元警視庁公安部の奥野侑也は、妻を何者かに殺害され、今はその喪失感を抱えたまま人知れず孤独に暮らしていた。そんな折り、かつての上司から仕事の話が持ち込まれる。東京から600キロほど北にある「モーターモウテル・光芒」の従業員として働かないかというものだった。表向きはふつうのホテルだが、裏に回れば公安をはじめとした、多数の機関の極秘任務の為に使われる施設でもあった。そこである作戦が開始される。侑也にはそれをサポートして欲しいという依頼だった。訪れた先で待っていたのは、何か訳ありの若い男女二人と、傷ついた一匹のドーベルマン。そして、彼らが囮となった作戦が始まる。

感想

読み始めたら止められなくて、一気に読み終えてしまいました。この物語の一方の主人公はドーベルマンのマクナイト。元々は警察犬のなるため訓練を受けてきた犬でしたが、採用には至らず一般人の里親に引き取られたのでした。その後、彼は捨てられ虐待に合い、今はモウテル光芒で捨てられたような存在でした。公安時代の侑也は警備犬の担当であり、この仕事を引き受けるきっかけとなったのが、マクナイトの存在です。

侑也とマクナイトの交流が物語の縦糸でしょうか。傷ついたマクナイトを引き取る裕也ですが、人を信じることができなくなっていた彼はなかなか心を開きません。妻を失った喪失感を埋めるかのようにマクナイトに尽くす侑也。少しずつ信頼関係を築いて行く二人の姿は、ある意味想像通りの展開なんですが、それだけに安心して泣けてきちゃうわけなんですよ。

もうひとつの糸となるのが、ふみと隼人。それぞれが重い過去を背負っています。作戦のため、侑也と親子を偽ることになるふたり。戸惑い反発し合う三人なんですが、こちらも少しずつ打ち解け合って行く過程が泣けてくる。この辺りもベタ過ぎてどうなの?とは思うんですが、ツボなのは間違いない。それぞれが家族を失い、心に傷を負っている。疑似家族が、やがて本物のようになっていく、家族再生の物語といってもいいですね。そんなヒューマンドラマが展開されていきます、前半は。

クライマックスは、一転して「今度は戦争だ!」というぐらいのド派手なアクションの連続。派手過ぎて、あまりにも荒唐無稽に感じる危惧もなきにしもあらず。でも、ここに至までの登場人物たちの心理や係わり合いの変化を見ているので、彼らの行動に、読み手も俄然盛り上がります。すっかり感情移入できちゃってますから。まぁ、みんなのカッコいいこと。

だいたい、こうなるだろうなという展開で進んでいくので、そこが面白いと思えるかどうか分かれ道。逆に言えば、キッチリと裏表なしの王道で楽しみたいっていう向きには最高の一冊ではないでしょうか。

余談ですが「マクナイト」という名前は、映画の「ブラックホークダウン」の登場人物の名前から付けられたようです。トム・サイズモア演じる中佐ですね。だからでしょうか、ラストにあんなものが登場してくるのは。うーん、さすがにそれはやり過ぎのような。

約束の森

約束の森