酔眼読書漂流記

読んだ本の紹介と感想などを、酒を片手にゴソゴソと綴っております

「○○○○○○○○殺人事件」/早坂吝

第50回メフィスト賞受賞作。冒頭に読者への挑戦状がある。普通ここでは、著者からの「誰が犯人か当ててみたまえ」的なものになるのだが、ここではこの本のタイトルを当てろと言う風変わりなものになっている。◯が並んでいるタイトルは伏せ字で、ここになんとうい言葉が入るのか、ということである。前代未聞と言うよりも、そこはかとなく漂うイロモノ感に、不安と期待が入り混じって読み始めてみると。

孤島に集まる男女。迎える主人は曰くありげな仮面の男。やがて起きる惨劇。そして密室。舞台装置は古式ゆかしいミステリである。しかし、やはりバカミスであることは間違いない。序盤こそは普通に進む物語も、島に着いた途端訳の分からぬ「南国モード」によって語り部である主人公の性格が一変。軽いノリで進んでいく展開に、この先真っ当なオチでは終わらないだろうと確信。そして、解決編で示される驚きは、衝撃ではなく笑撃。

しかし、その解決編で示されるある事実から導き出された犯人特定の過程はよくできている。この事実こそが本書の一番の肝。まさに一発芸的なネタなんだけど、その事がタイトル当てリンクしているあたりもうまい。そして、このタイトル当てという趣向が、普通なら不自然になってしまうであろうこの事実をうまく隠しているようで、なかなか侮れない。タイトル当ては、実は著者のミスディレクションなんじゃないかと勘ぐる次第。

○○○○○○○○殺人事件 (講談社ノベルス)

○○○○○○○○殺人事件 (講談社ノベルス)

怪しい店/有栖川有栖

「店」を題材に火村とアリスのコンビが活躍する短編五編。

古物の魔

骨董品屋の店主が殺害される事件。この事件で興味を引くのはアリバイについてである。ああ、そういう使い方もあるのかと感心する。そして、モノの価値というものも考えさせられる。某番組の影響か、骨董品=お宝というイメージがある。しかし、それは誰にとっての宝なのか。それによって価値、すなわち値段、も変わってくる。定価の無いものを買うということは、自分自身の価値観との対話なのかな、と思ってみたり。アリスではないが、今まで興味のなかった骨董市にでも足を向けたくなる。

燈火堂の奇禍

古本屋が舞台。立ち寄った古本屋で、主人が万引き犯に突き飛ばされて怪我を追ったという話をアリスが聞く。何気ないその話から、実際にあったことを火村は見抜く。自分の推理をシャーロック・ホームズを引き合いに出してまとめているが、まさにその雰囲気。余談になるが、ホームズの面白さは妄想の面白さなんだと思う。小さなデータから思いもよらない話を膨らませる面白さ。そんな一編。

ショーウィンドウを砕く

到叙形式の一編。犯人の挑む完全犯罪を、どんなところから火村が暴くのか。火村の仕掛けた罠は、さすが名探偵と唸らせられる。動かぬ証拠にお見事。もっともきわどい賭けのような気もするけど。何よりもこの短編の一番の肝は、最後の一節だろう。犯人の火村に対する独白にドキリとさせられる。それは案外間違いかじゃないかもしれない、と思わせるからだ。

潮騒理髪店

日常の謎系。タイトルが素敵。これだけでなんとなく情景が浮かんでくる。旅先で訪れた理髪店での出来事。ここで火村が示す解は、あくまでも可能性だけ。しかし、そんなことはいいのである。潮騒の音を聞きながら散髪してもらう、なんてのはどれほど気持ちがいいことだろうか。アリスじゃないけど、そんな店との出会いを求めて髪を伸ばしたまま旅に出たくなる。

怪しい店

相手の話を聞くだけ、と言う風変わりな店「みみや」での殺人。この中ではいまひとつすっきりない一編。というのも火村の推理も歯切れが悪く感じるからだ。そう、それは憶測に過ぎない。何よりも、犯人が誰かわかっていないという。 ここでのポイントはアリスとコマチさんの語る火村像か。なぜか彼は犯罪者を狩り立てるのか。しがらみなく問うことができるのは、案外コマチさんなのかもしれない。

怪しい店

怪しい店

その女アレックス/ピエール・ルメートル

なかなか高評価の一冊。いろいろなところでベストテンの1位に輝いている。

アレックスが何者かに誘拐監禁されるところから物語は始まる。殺意を持った誘拐犯に怯える彼女と、捜査に当たるパリ警視庁警部カミーユの二つの視点からの描写で話は進んでいく。何者かと書いたが、実は誘拐犯は登場人物にちゃんと記載されている。そして、物語上でも早い段階でわかり、ある意味誘拐事件は解決する。この物語の謎は、アレックスはなぜ誘拐され、そして彼女は何者なのか、ということなのだ。

未読の方の興を削ぐので詳しくは書けないが、第二部から急展開。この物語はどこに着地するのか、読み進めていくにつれ戸惑う。謎の女アレックス。彼女の行動のすべてがわからない。わからないがゆえに惹かれていく。それは、彼女の背後に立ち昇る悲しみの影のせいでもあるかもしれない。

カミーユをはじめとする刑事たちも皆ユニークで、カミーユは身長145cmの小男。彼の上司は反対に大男。部下の二人は大金持ちのボンボンと、どケチの貧乏人というこちらも相反する二人。そこに敵役とも言えるエリートで融通の利かない嫌味なやつとして描かれる判事。彼らのやり取りは、重くなる物語の雰囲気を、時に和ませる。カミーユ自身も数年前に妻を誘拐事件で亡くしているという過去を持つ。その傷から未だ言えていない彼は、最初は嫌々ながら事件を担当する。この物語は彼の心の葛藤の物語でもある。彼らの存在が、そしてアレックスが彼の気持ちを徐々に変化させていく。

ただ、謎解き編と言える第三部が少々冗長と感じる点も。ここには名探偵という存在はないので、切れ味鋭い推理で解決するわけではない。あるものは状況証拠のみ。取り調べ室の攻防で少しずつ真相が明らかになるのだが、このあたりがどうもまどろっこしい。第二部の終盤で、アレックスのやろうとしていることが、読み手としては見えてきているでなおさら。

しかし、である。そこも作者の計算なのであろう。それはアレックスという女を知るために。物語の結末を納得させるために。

人によっては、もやもやした終わりかただし、真相を知っている読み手からすれば、警察側の負けとも言える。そこで最後の、まるで全てを見透かしているかのような、一言が素晴らしい。そして、このセリフが敵役の判事のものだというのが、なんとも憎らしい。アレックスの物語を締めくくるにふさわしい言葉である。

その女アレックス (文春文庫)

その女アレックス (文春文庫)

どうでもいい追記。アレックスといいカミーユといい、どうにもあれを想像しちまうんだが。